宝条の意識は戻らない。
 昏々と、ずっと眠ったままだ。

 おかげで部門としては色々と不便を強いられてはいるが、多くの者達にとってそれは明らかに平穏と呼べるものであった。





 「………痛みはあるか?」

 大分色が濃くなった左肩の黒ずみをセフィロスが軽く押し。上半身だけ脱いだ形で背中を向けていたクラウドがふるりと小さく首を横に振った。

 「相変わらず、何も………」
 「 ―――――― そうか」

 ふう、とセフィロスが溜息を零し。クラウドの肌から指先を離した。

 「どうせ " 羽化 " するなら奴が大人しいうちにして貰いたいものだが」
 「そう都合良くいくものじゃないと思う。………まあ、なるようになれ、だ。最悪神羅から逃げる心構えは出来てる」

 隠し通せるのならそれが一番。だが、それが叶わない時は。
 クラウドの言葉にセフィロスも苦笑を浮かべ。

 「そうだな。それは私も出来ている。………さて、そろそろ出掛ける準備をするか」

 ぎしり、とセフィロスが寝台から立ち上がり。クラウドが時計の方を見遣った。

 「もうそんな時間?ゆっくりし過ぎたかな」 
 「焦らなくても大丈夫だ」

 セフィロスがクラウドに上着を放り投げ。クラウドがそれを受け取り。身体に羽織り始める。
 今日はガスト夫妻とエアリスと共に5番街のレストランへ夕食を食べに出る事になっているのだった。





 ………………



 ………………………





 「私ね、再来月からカームの学校に行く事にしたの」

 食事の席でエアリスがそう言い。クラウドが少し驚いた表情を浮かべた。

 「 ―――――― 学校?」
 「うん、学校。ほら、独学で勉強はしてたけど、でも今までずっと学校と無縁の生活をしていたから。13歳から18歳まで学べる学校、カームにあるってお父さんから聞いて。行ってみたいな、ってお願いしてみたんだ」

 そう嬉しげにエアリスが微笑み。クラウドも自然と笑みを浮かべた。

 「………そっか」
 「クラウドも行く?」

 にこにことエアリスが笑い。クラウドが眉を下げた。

 「おれは " 以前(まえ)に " 軍部学校で一通り勉強したから良いよ。それに " 現在(いま)も " 3rdとしての任務で忙しいし。エアリスと共に勉強してる暇は無いかな」
 「そっかあ………、残念」

 ぷーっとエアリスが頬を膨らませ。隣でイファルナがくすくすと笑った。

 「エアリス。クラウド君を困らせちゃいけないわ」
 「はいはい、わかってまーす」

 セフィロスもまた柔らかい眼差しをクラウドに向けており。ふと視線を感じてセフィロスがガストを見遣った。

 「………こうして " 家族 " で食事をするのも楽しいものだな」
 「………………………」

 セフィロスが酒瓶を取り、ガストに向ける。気付いたガストがグラスを差し出し。そこに酒を注いでいく。

 「貴方が楽しいなら何よりだ」
 「 ―――――― ………お前もだよ、セフィロス。お前も私の、大切な家族だ」

 その言葉にセフィロスの手が一瞬止まり。目を細めた後にそっと瓶を引いた。
 そんな2人のやり取りを3人が笑みを浮かべて見詰め。

 「家族か………」

 ぽつりとセフィロスが口を開き。
 エアリスがクラウドの腕を引いて。クラウドがエアリスを見遣る。

 「何?」
 「セフィロスが家族なら。セフィロスの恋人のクラウドも家族だよね?だっていつか結婚するんでしょ?」
 「んなっ!?!?!?!? ―――――― ってちょっと待て!おいっ」

 クラウドが驚いた表情を浮かべ。そのあまりに焦り切った表情にエアリスが吹き出した。

 「やだ、クラウドったら耳まで真っ赤!」
 「エ、エアリスっ!!何言ってんだよっ、馬鹿な事言ってんじゃないっ!!」
 「あはは。かーわいいーっ」

 そんな仔猫のじゃれあいのような2人のやり取りに、イファルナが割って入る形でシッと人差し指を立て。

 「騒ぎ過ぎ」
 「はーい」
 「ご、ごめんなさい」

 委縮したクラウドの頭をイファルナがぽふぽふと撫ぜて。クラウドが肩を竦めた。

 もう会えない母親を思い出してしまう。
 クラウドの気持ちを察したのか、エアリスもまたクラウドの頭を撫ぜて。
 慌ててクラウドがその手を除ける。

 「ちょっ………。あんたまでやめろよ」

 「おい、お前等。いい加減に ―――――― 」

 セフィロスが2人のやり取りに咎めの声を投げ掛けようとした、その時。
 クラウドが自分の肩に手を伸ばし。眉を顰めた。そのまま苦しげな表情を浮かべて前屈みになり。はっとしたセフィロスが立ち上がる。

 「クラウド?」
 「 ――――――――― ………………」

 誰もが " まさか " という表情を浮かべる。そこに異変に気付いた店員が近付いて来て。

 「お客さま、如何なされましたか。大丈夫ですか?」
 「大丈夫だ。………博士、私はクラウドを連れて出る。後の事は任せた」

 店員を手で制しながらセフィロスが言い。ガストが返答をする前にクラウドを抱き抱え、足早に店を出て行った。
 残された3人が顔を見合わせあい。エアリスが出て行った戸口の方を見遣る。

 「………どうしよう?」
 「心配だけど。私達が騒ぎ立てたところで何の力にもなれないわ。部屋に戻って、彼の連絡を待ちましょう。………ね、あなた」

 イファルナがガストを促し。ガストが立ち上がった。

 「そうだな、それがいい。エアリス、帰る支度をなさい」
 「クラウド………」

 凄く苦しそうだった。大丈夫だろうか。
 もう何処へ行ったのかもわからない2人を思いながら、エアリスは表情を曇らせてたのだった。





 ………………



 ………………………





 「う、うっ………。………くそっ………だめだ、まだ………。まだ………っ………出る、なっ………………」

 セフィロスの服に噛り付きながらクラウドが震えを込めた呻き声を上げ。それを見下ろしつつ、セフィロスは瓦礫だらけの人気の無い路地を走っていた。

 「クラウド、大丈夫だ。この辺りはモンスターが出る関係で人が少ない。出したかったら出しても構わんぞ」
 「で、も………っ………万が一、誰かに………見られ ―――――― 。 ―――――― あ"あっ………………!!!!」

 クラウドが悲鳴を上げ。セフィロスが目を見開いた。
 じわり。
 手のひらに感じる、あたたかいもの。それがクラウドの血とわかるまではすぐだった。
 肉が割れたのか。
 ………羽化する。
 ―――――― それにしても。
 自分の時にこれほどまでの痛みを感じた " 記憶は無い " 。
 アンジールの時は?ジェネシスの時は?
 ………いや、こんなにひどくはなかったはずだ。矢張りクラウドは。クラウドだけは ―――――― 違うのか………?

 クラウドを抱えたまま恐るべき俊足で辿り着いた先は、列車墓場だ。
 朽ちて扉が落ちた車両の1つに飛び込み、そっとクラウドの身体をうつ伏せに横たえた。
 血で染まった上着を脱がせれば、左肩の肉が割れており。
 しかしクラウドの意思か、裂け目がそこまで大きくない所為で、羽化衝動が不完全な状態で止まってしまったのだろう。
 中途半端に漆黒の羽翼の先端が裂け目から顕現れており、激痛にびくびくと震えていた。

 「うっ………う………」
 「………クラウド。口を開け」
 「………?………何………」

 セフィロスがポケットからハンカチを取り出し。丸めればそれをクラウドの口に突っ込んだ。

 「んぐっ!?」

 何を、と顔を上げれば正宗を顕現させ、その刃をファイアで炙っているセフィロスの姿が見えた。
 嫌な予感しかしない。
 だが間違ってもいない。
 じわりと汗が滲むのを感じながらも、クラウドもまた観念してその両眼を閉ざす。
 これからする事を理解しただろうクラウドにセフィロスが僅かに笑みを浮かべ。

 「………動くなよ」

 そのまま正宗を振るい。クラウドの背を斬り付けた。

 「ふ………っ ―――――― っ!!!」

 クラウドが涙目を見開き。びくりと震えたクラウドの身体をセフィロスが押さえつけた。
 出るに出られず窮屈に折り畳まれていた黒翼を抓めばそれを引っ張り出し。同時にケアルガで回復を始める。
 程無く出血が止まり、斬り裂かれた傷も塞がり。何分何十分、回復魔法に魔力を費やしていたか。小さな溜息と共にセフィロスがクラウドの背から手を離した。

 「………………。大丈夫か?」
 「………………………」
 「気を失ったか………」

 クラウドの口からハンカチを取り出し。ぐったりした身体を抱き寄せる。
 血を洗い流し清めてやりたかったが、流石のセフィロスも魔力を使い過ぎてすぐには動けなかった。
 幸い誰か来る場所でも無い。
 クラウドを抱いたままじっとしていれば、不意にクラウドの長い睫毛が震え。セフィロスが顔を覗き込んだ。

 「クラウド」
 「………………せふぃろす」

 疲れ切っているのだろう。何処か舌足らずな様子でセフィロスの名を呼び。とろんとした眼差しでクラウドがセフィロスを見上げた。

 「まだ何処か痛むか?………落ち着いたら、部屋に戻ろう」
 「………………。………ねむい」
 「ああ、寝ていろ。何も心配するな」

 きゅっとセフィロスの服の端を握ったままにクラウドが眠りに落ちていき。そっとセフィロスがクラウドの唇に口付けを落とす。
 そのまま、片翼に指を滑らせた。
 ―――――― 自分のよりかなり小振りな片翼。
 セフィロスの分け身たるものの証。クラウドがセフィロスのものである事の証。
 そう考えるだけで静かに心が震えた。

 「………………私(しゅじん)の名において命ずる」

 そうセフィロスが口を開き。

 「今はまだ顕現れる(あらわれる)時ではない。………クラウドが自ら望む、その時まで。身の内で眠り続けるがいい」

 すう、とクラウドの背から翼が消えていき。ほっとセフィロスが安堵の息を吐き出した。
 ポケットに手を入れれば携帯を取り出し。

 「 ―――――― ジェネシスか?………今何処に居る。………………相変わらず聡いな。………そうだ。………ああ。急ぎ車を出して迎えに来て欲しい。場所は ―――――― 」





 ………………



 ………………………





 「 ―――――― でも良かったよな、クラウド。宝条が寝てる間に羽化を終えられてさ」

 翌日。落ち着いたクラウドのところにザックスが見舞いに来て。寝台で横になったままクラウドが苦笑を浮かべた。

 「良かったのかな………」
 「そうそう。良かったと思っとけって」

 くしゃ、と前髪を撫ぜられ。うん、とクラウドが頷いた。

 「でもって制御の方はどうなんだ?ちゃんと隠していけそうなのか?」
 「セフィロスから教わってる最中。コツは掴んで来た、って感じかな」

 そこにキッチンから珈琲が注がれたマグカップを手にセフィロスが戻って来て。ザックスにそれを差し出す。

 「お、サンキュ、セフィロス」
 「………もう少し手間取るかと思ったが思いの外クラウドの飲み込みが良くてな。翼の件は問題無さそうだ。身体の方も帰宅後すぐにガスト博士に検査して貰ったが過度な活性化も起きておらず痛みも落ち着いている。2~3日安静にしていれば仕事にも復帰出来るだろう」

 セフィロスが微笑み。クラウドも笑みを浮かべる。

 「後は宝条の問題だが………。まあ、あれの場合は目が覚めてからでも良いだろう。寝ている間は手を出せないからな」
 「もうずっと永眠しててくれればな。手っ取り早いんだけど」

 クラウドがそう言い。はは、とザックスが苦笑いを浮かべた。

 「何にせよ早く元気になれよ。元気になったらさ、一緒に遊びに行こうぜ」

 その言葉に。クラウドは笑顔で頷いたのだった。